第十三後話 危ない遊戯

 

「もっと開け、蒼鉛」

「あっ・・・やめて下さい、殺生丸殿」

「彩扶錏、動かぬようにもっとしっかり押さえておけ」

「観念なさい、蒼鉛。
 病み上がりの躯で、わたしと殺生丸に抵抗出来ると思っているのですか」

「もっとだ、もっと開いてしっかり呑み込め」

「うっぐっ・・・くっ」

「暴れたら衣を汚すことになりますよ、おとなしくなさい」

「力を抜いて楽にしろ!
 さすれば手荒なことはしない」

「もっもう・・・十分乱暴にされているでしょう」

「おまえが恥ずかしがって嫌がるからでしょう。
 往生際の悪い麒麟ですね」

「一滴も零すなよ、見事に呑み込んでみせろ」

「あっ・・・っく、無理です・・」

「殺生丸、遠慮せずにもっと奥まで突っ込みなさい」

「らちがあかぬ。
 こうなったら一気にいくか」

「嫌だ・・・やめて・・やめて下さい」

「下手くそですねえ。
 今度はわたしがやりますから、あなたが押さえていて下さい、殺生丸」

「ほぅお、では手本を見せてもらおうか」

「放してください、あなた方がこんな方だとは思っておりませんでした!」

「生憎だったな。
 隻腕だと侮るなよ、おまえを押さえ付けておくことぐらいわけはない」

「くっっ」

「さあて、蒼鉛。
 わたしは手荒なことは好みません。
 ですが何時迄も頑迷だと辛い思いをするのはあなたですよ」

「無理やり・・は・・嫌だ」

「ええ、そんなことはしません。
 ですから選びなさい。
 己で開くか、無理やり開かされるか、好きな方をね」

「そんなっ・・」

「どちらです?」

「・・・分かりました」

「いい子だ」

「ふん、流石に手慣れたものだな、彩扶錏」

「さあ、入れますよ蒼鉛」

「うっ、くふっ」

「その調子です、いい感じです。
 ・・・ちょっと、これっ放しなさい、放しなさいっ、喰い千切るつもりですか」

「ううっ」

「殺生丸、脇をくすぐりなさい。
 さすれば緩んで放すでしょう」

「あっぁぁあ、はぁっ」

「やっと放しましたか、とんでもない麒麟です。
 それほど飢えていたのなら意地を張らねばよいものを」

「ああまったくだ。
 だが、これでこちらも遠慮はいらぬと分かった」

ことが終わった時には、蒼鉛は勿論、殺生丸、彩扶錏ともども疲労困憊していた。

 



 

ことの起こりは半刻前に溯る。
銀花に連れられて邸に戻った蒼鉛は、大量の怨血を浴びたため湯浴みで潔斎を済ませても顔色が優れず、心配した銀花に寝床に押し込まれた。

その蒼鉛の枕元の両側に、しかめ面をした殺生丸と、彩扶錏が陣取っていた。

「あの、そのように睥睨されていては休まらないのですが」

「手間を取らせるつもりはない。
 さっさと白状してから休めばよかろう」

「いったい何のことですか」

「おまえ先程、気になることを言っていたでしょう。
 それを説明してもらいましょうか」

「ですから何をです」

「姉上に、『お命を危険に晒して申し訳ない』と言っていたな。
 それはどういう意味なのだ」

「それは・・・」

銀花と己の(ことわり)は、仇なす相手には致命的な弱みとなるが、目の前のふたりが、こと〝命〟という点に於いては、銀花に仇なすとは考えられない。
しばし躊躇していた蒼鉛は意を決したように話し出す。

「わたしの世界では、麒麟と主である王の間には理が存在します。
 銀花様は王ではないが、わたしが誓約申し上げたその時から、理が介在するようになったのです。
 銀花様とわたしの命は繋がっております」

「繋がっているとはどういうことだ」

「銀花様が命を落とせばわたしの命も尽きる。
 わたしが命を落とせば銀花様の命も尽きる。
 半身とはそういうことなのです」

「馬鹿な!」

「銀花はそれを承知で、おまえを半身としたのですか」

「はい」

「それほどの足枷があるのに、更におまえの為に姉上は右眸を差し出されたのか」

「そうです」

「おまえは理を知っていて、それでも姉上を主に選んだのか」

「いいえ、選べなかったのです。
 麒麟は王を選ぶと言いますが、実際は違う。
 銀花様に重い足枷をつけることなど望むわけがない。
 けれど、わたしにはどうすることも出来なかった。
 銀花様しかないのですから」

「勝手なことをほざくな」

「殺生丸、おやめなさい。
 今更どうしようもないことです。
 それに、蒼鉛の世界は〝古きものども〟の創り出した世界のひとつだそうです。
 やはり銀花の禍つ力がその世界と麒麟を引き寄せたのでしょう。
 運命(さだめ)・・・と言えるかもしれません」

「きさまは姉上のことを運命で片付けるつもりなのか」

「とんでもない。
 運命など如何ようにも転がるものです。
 これまでのところはかなり気に入りませんが、これからは決めるのはこちらです。
 運命ごときに勝手なまねはさせません」

「ふん、当然だな」

蒼鉛は殺生丸と彩扶錏の力を知っている。
けれど今、ふたりの真の強さの基を見た気がした。
だが蒼鉛は、理のもうひとつの面を言うことは出来なかった。

「しかしあれですね。
 銀花を守るためには蒼鉛を守らなくてはならない、と言うことですか」

「蒼鉛、おまえ邸から一歩も出るな」

「まあまあ、殺生丸。
 あなたも見たでしょう、蒼鉛は戦えるわけですし、霊力も強い」

「だが、今日のように雑魚妖怪ばかりとは限らぬ。
 独りで出歩くなどもっての外だ。
 おまえの命が姉上の命なら、あたらその躯を危険に晒すな」

「は・・い」

「そうですね、その躯はおまえ独りの躯ではないのです。
 銀花の躯とさえ言えるかもしれません。
 うん?と、いうことはですよ、銀花を抱いたら蒼鉛をも抱いたことになる?
 反対に蒼鉛を抱けば銀花を抱いたことになる?
 ならばこの際、おまえからでも構わないか」

「げっ、わたしは構います」

「怖がらなくていい、その躯は銀花なのだからこの上なく優しく扱います。
 必ず昇天させてあげますよ」

がごんっ

片手に盆を掲げ、もう片方に愛刀をもった銀花が立っていた。

「銀花様、その(つか)で殴るとさすがに〝あの世へまっしぐら〟と、なりませんか?!」

「よかろう?
 昇天したがっていたようだし」

盆を置いて蒼鉛の横に座ると、優しく前髪を掻き上げてやり、人型であるために角は見えないが、僅かに盛り上がった額に己の額を当てる。
麒麟は力の源である角に触られるのを極端に嫌がる。
けれどそれが主であるなら話は別だ。
嫌な感じどころか、惚けるほどに心地よく、もっと触れて欲しいとさえ思う。

「貌は朱いが熱は下がったようだな」

「はい
 もう大丈夫です、ご心配をお掛け致しました」

蒼鉛の貌が朱に染まっているのは、もちろん熱のせいではない。

「枸杞の実を入れた粥を作ってきた。
 食べられるなら食べたほうがいい。
 柔らかめに作ったから噛まずとも大丈夫だ」

蒼鉛が寝込んだので、夕餉の支度は銀花がしていた。
銀花は一通りの身の回りのことが出来たが、その腕前は全て並以上のものだった。

「殺も向こうでりん達と食べておいで。
 鮎を焼いてあるし、龍泉洞の水で仕込んだ酒もあるぞ」

「姉上は?」

「蒼鉛に粥を食べさせたらすぐに行く」

粥と言うより、重湯に近いそれは僅かに枸杞の甘い匂いがしている。
湯気を立てているのを椀からひと匙すくい、息を吹きかけ冷まして蒼鉛の口に持っていく。

「ほら、口を開けて」

「独りで食べられます」

そう言いながらも蒼鉛は嬉しそうだった。

「そうか?」

銀花から椀と匙を受けとるが、苦虫を百匹くらい噛み潰したような貌の殺生丸が目に入り、ふと軽い気持ちで企む。

「まだ腕がだるくてだめなようです。
 やはり、食べさせて頂けますか?」

「その方がいい、零すといけないからな。
 さぁ、あーんしろ」

ぴきりと殺生丸のこめかみに青筋が浮く。

「姉上、甘やかしすぎです」

「そうです銀花。
 唯でさえ増上慢なのに、そんなに甘やかしてどうします」

「もう復活したのか彩扶錏。
 蜥蜴のしっぽのごとき生命力だな。
 おまえも食事してくるといい、鴨川の鮎より旨いぞ」

「それより銀花、蒼鉛にはわたしたちが食べさせます、ねっ殺生丸」

さも仲良さげに蒼鉛の右側から、がっしと肩を組む。

「そうです、姉上は、りんに鮎の頭と骨を取ってやって下さい。
 りんはまだ上手に出来ないのです。
 ここはわたしと彩扶錏におまかせ下さればいい」

殺生丸も蒼鉛の左から肩を組む。

「おまえたち、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「嫌だなあ銀花、前からですよ」

「前って何時です、彩扶錏殿・・・うっ」

銀花の死角で、蒼鉛の右脇腹に突きが入る。

「そうです姉上、それに病人には親切にするものでしょ」

「本心ですか、殺生丸殿・・・うっ」

今度は左の脇腹である。

「おや、まだ具合が悪そうですね。
 大丈夫、わたしと殺生丸が優しく食べさせて上げますよ」

「そうだ、嬉し泣きするほどの懇切丁寧な看護を施してやるぞ」

にこにこと怪しいまでの笑顔の大盤振る舞いだ。

「そうか、なら頼もう。
 残さず食べるんだよ、蒼鉛」

 

銀花が行ってしまうなり、殺生丸と彩扶錏の貌付きが一変した。

「さあ、ではいってみましょうか、
 題して『地獄の粥遊戯 『一滴残らずきれいに舐め取れ、ちらとでも零したらお仕置きよ』」

「ああ、そうだな。
 まずは身動き出来ぬように押さえ込め、彩扶錏」

「いっ!」

引きつる蒼鉛を見下ろして、殺生丸は匙を正眼に構えた。

「口を開け、蒼鉛」

かくして始めのごとき話に相成るのでした。 おしまい

「さあ、かぱっと口を開きなさい。
 粥は、口の中が焼けただれるくらい熱いうちが美味しいですよ」

《ぜったい開けるもんか!》

「銀花が様子を見に来てくれるかもと、期待してもだめです。
 なにせ、昔はどうあれ、不在の間に〝外道〟に成り下がった殺生丸を、今だ盲目的に信用しているのですからね。
 可哀想な銀花、いっそ真実を教えて差上げたい」

「おいっ!」

 

第十三後話 危険な遊技 おわり